2007年11月19日
嫡流という文化
嫡流の歴史。実は知らないことばっかりでした。
嫡流(ちゃくりゅう)とは、氏族の直系の血筋のことをいう。主に惣領と正妻の間に生まれた長男、即ち嫡男により継承される血筋を意味する。正嫡、直系、正系、嫡系ともいう。対義語は庶流という。敬って「御嫡々の家系」という場合もある。嫡流の家を宗家、嫡家、本家という。
嫡流とは
氏族の血統が重んじられた古代・中世において、氏族の秩序は氏長者を中心に維持されてきた。中世一時的には氏長者の権威が低下する時期もあったものの、氏長者には氏爵といい、朝廷より一門に対する叙位任官者推薦の特権が付与されていた。
こうした中で、氏長者の地位は、主に氏長者とその子孫により継承されたが、その継承方法には「氏的継承」と「嫡流継承」の二つの考え方があった。前者は古い形態の継承方法であり、一族中において最高位の地位にある者が氏長者の地位に就くという考え方であった。律令法においては嫡男はあくまでも蔭位のための規則に過ぎず氏長者継承の条件としての意味は全くなかった。逆に最高位の地位を占めるという要件を満たせば庶流でも氏長者に就く可能性もあったのである。これに対して平安時代後期から登場したのが、正室を母とする嫡男によって代々継承されるという後者の存在である。これによって一族の財産や地位の分散を最小限に止め、血筋の尊貴さと正当性を有する嫡流は氏族の栄達を成し遂げ得る存在であり、庶流とも官位などの面で大きな差がつけられた。ただし、「氏的継承」が直ちに「嫡流継承」へと移行したわけではなく、所領の分散防止の観点から武士社会において先行して社会全般において「嫡流継承」の原理が完成するのは鎌倉時代後期に入ってからである。
特に公卿にあって内裏の差配を独占した藤原氏は、藤原道長の家系が摂政・関白の座を独占し続けることで摂関家としての地位を獲得し、嫡流の近衛家を筆頭とする、九条家、二条家、一条家、鷹司家の五摂家を形成するに至った。ただし、古い氏族に由来する摂関家においても長く「氏的継承」と「嫡流継承」が混在し続ける事になり、ついに五摂家のうちの1つだけが嫡流の地位を占めるという事態は生じなかったのである。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)
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